深坂峠 歴史を語る地蔵堂編
静謐なる空間がそこにはありました。
時間が止まっているような、あまりにも静かな光景です。
琵琶湖最北の港「近江塩津」と日本海への玄関口「越前敦賀」を結ぶ道。
その最大の難所がこの深坂峠でした。
いうならば水の道。
水運のための陸路としての生きる道があったのです。
細かく知りたい方は例によって・・・。
まとめると、かつて平清盛の嫡男であった越前国守護の平重盛は琵琶湖の水運を日本海まで伸ばそうと運河建設を計画しました。
この計画は手を変え品を変え、明治にいたるまで実は何度も行なわれ、そのたび頓挫しています。
その中でも記録に残る最も古いのがこの計画。
工事中止の原因となった大岩に地蔵菩薩が現れたので、それを奉り治まっていただいたというわけです。
そのため、深坂地蔵には別名「堀止地蔵(ほりどめじぞう)」という別名もあります。
境内には隠れ地蔵ともいうべき小さなお地蔵様がそこかしこにいらっしゃいます。
常に仏様に見られている。
そんな不思議な感覚に陥ります。
お地蔵様というより石自体を石仏と見立てているかのような・・・。
自然物の中に神様を見る神道的な感覚も感じます。
古い神社仏閣にはそんな共通項は多くあるのでしょう。
小さな石庭と一体になるお地蔵様と小川。
非常に心落ち着く光景です。
思わずここで一旦休憩。
そしてこの小川は境内を横切っています。
ということは当然あります。
小さいながらに味のある石橋!
問題は本当に石かどうか。
石桁!!
こういうのは嫌いじゃない。
やはりシンプルな石橋はいい味出してます。
表はこんな感じ。
舗装はいらんかったなぁ・・・。
さてここからの古道はこの深坂地蔵の参道も兼ねています。
より観光地化が進むことは覚悟しなければなりません。
非常に簡易的ですが、橋が架けられていました。
ここは木橋ではなくコンクリート。
道には段差があるので車では難しいと思うんですが、なぜでしょうね?
まぁこのほうがお手軽なんでしょうが。
かと思えばこういう函渠となっている箇所もありました。
やっぱり車の通行も想定して?
あの程度の段差なら軽トラなら余裕で乗り越えそうではありますが・・・。
そしてさすが参道。
大きな岩はこのように信仰の対象となっています。
そしてやっぱりこれじゃ軽トラも通れませんね。
参道は参道でしかないようです。
そしてこの石仏は1体ではありません。
大きいものから小さなものまで、参道のそこかしこに存在しています。
むしろ深坂地蔵を知らなければ一種異様な光景でしょうね。
この石積みは参拝者が積み上げたものでしょうか?
こういった小さな石塔が至る所に見られます。
繰り返しますが、感じ方によってはちょっと不気味。
危ないところに来たって感じすらします。
まぁ僕は裏から入ったので問題ありませんが。
すっげえバランス!!
これに近寄って崩しても元通りに直す自信がない。
なんか崩したら封印されてた何かが出てきそうで怖い感じです。
誰の技なんでしょうね・・・。
いくつかの石塔に見守られた参道は杉林を抜けていきます。
おそらくもうそろそろ抜けるでしょう。
最後の大岩
その先には新たなステージがありそうです。
逆に来ればこの大岩が出迎えてくれるわけですね。
掘止地蔵の別名をよく伝える素晴らしい空気感です。
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