岐阜遠征第1弾 二ノ瀬越 後編

二ノ瀬越、着。

標高420m、岐阜の峠では低い部類です。

中編の廃道など寄り道はしましたが、それほど険しい印象は受けない三重側でした。

峠としては展望に乏しく、まぁある意味で主要地方道の峠らしい峠と言えます。

切り通されてるわけでもないので、ある意味本来の意味での鞍部と呼べますね。

この峠は国堺の峠として知られ、現在でも県境の峠となっています。

写真は三重県側の看板、一番上の写真はこれから行く岐阜県側の看板が写っていますね。


岐阜県海津市(かいづし)

2005年に誕生した新しい市です。

旧海津郡3町(海津町、南濃町、平田町)が合併し誕生した市ですが、市制を敷く前に市名を巡ってひと悶着したことで有名になりました。

全国公募で決められた「ひらなみ市」(平南海市・旧町名から一字をもらって)という名前に決まりかけたんですが、住民が猛反発。

結局、住民投票で郡名である「海津市」が81%とという圧倒的な支持を得て採用されました。


そりゃそうだよね。

自分の住む町の名前は自分らで決めたいと願うのは、至極まっとうな考えかと思いますよ。

ちなみに峠があるのは旧町名では、南濃町(なんのうちょう)に当たります。

路線名にも反映されてますね。

いなべ市も2003年に合併した新しい市です。

しかし新しいとは言ってももう10年前ですよ。

そろそろ市名更新してあげませんか?

岐阜県さん、現役主要地方道なんだし、それくらいの配慮あっても良くないですか?

峠には養老山(ようろうさん)、および庭田山(にわたやま)の頂上へ行く道が伸びています。

登山道と書かなかったのは庭田山は峠=山頂みたいなもんなので。

峠から東に入ればすぐ庭田山山頂公園に入れるので、これがある意味峠の雰囲気をブチ壊していますね。

こっちの登山口だけならいい雰囲気なのに・・・。

ちなみにここから前編で触れた川原越(かわはらごえ・レポ未)に行くことができます。

尾根伝いなので、普通に登るより楽かな。

距離はありますが。

さて気を取り直して岐阜県側へ行きましょう!

峠から出ていきなりなんですが・・・。

なんか明るい気がするのは気のせいですか?

三重県側ではほとんど見なかったヘアピンカーブがいきなり・・・。

経験上、明るい峠道ってのはヤバい。

木も生えないような崖、もしくは木が生えてても樹高が追いつかないほどの高度差を持った斜面に道が作られているということがほとんどなのです。

あの温見峠牛廻越もそうだった。

こいつはどう出る!?

始まった!!

始まった直後には立派なお地蔵様がありました。

かなり岐阜側によってはいますが、峠由来のお地蔵さまと思われます。

手を合わせて先へ進みます。

この先は一つのハンドルミスで死ねそうだ!!

道幅は順調に狭くなっていきます。

遠くに海津の町が見え始めました。

とりあえずあそこまで下りなきゃな・・・。

なんつう圧倒的な線形!!

なんちゅう所に道通したんだ!!


空いてる所に道を通したんじゃ無く、まさしく山を削って道を作った典型の道。

大きな谷(徳田谷)を巡るように、徐々に標高を下げていきます。

しかしこれほど先(と下)が見通せる峠道もなかなかありません。

線型好きならきっとこの峠は好きなはず!!

自分の撮影技術の拙さが恨めしい!!

この感動をどう伝えたらいいのか!!

僕の中で好きな峠道のトップに躍り出たこの峠。

この高度感、とんでもない!!

これがこの大きな谷を形作る元となった徳田谷の現在の姿。

なんか信じられないなぁ。

水の力とは凄いもんです。

先ほどの道を見下ろしたのがこちら。

やっぱ凄いところ走ってるなぁ。

崖だぞあそこ・・・。

ゲート登場!!

ということは崖区間は終了。

険しいですが標高差はそれほどではありません。

意外とすぐ麓に降りられます。

センターラインが復活すれば、ゴールはすぐそこ。

ここが起点。

岐阜県道56号南濃関ヶ原線(なんのうせきがはらせん)との交差点です。

国道258号にも程近く、道の駅で食べたみかんラーメンが(ある意味で)忘れられない記憶として蘇ります。


しかしクオリティの高い峠です。

短いながらも「悪条件の時は絶対いやだ」と思わせるだけの条件をそろえています。

廃道もあるしね。

ここはたぶん、また来るな・・・。


以上、二ノ瀬越編

この道往けば act2

福井県を中心とした。酷道、廃道、旧道、峠、隧道の探索ブログ

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