吉坂隧道 後編

いよいよ正対した穴。

そろそろお名前をご紹介しましょう。

吉坂隧道(きっさかずいどう)

この隧道に対応する峠である吉坂峠に由来する隧道名。

もともとは「きちさか」だったものが、口語化されて「きっさか」となったそうです。


昭和25年竣工、昭和30年改修、昭和31年旧道化。

激動の6年間を過ごした悲しい歴史を持っています。

思い返していただきたいのが、前編でお話しした現道トンネル「青葉隧道」の竣工年。

昭和31年竣工

つまり吉坂隧道の改修と青葉隧道の竣工はわずか1年の間に行われているのです。


このパターンで最も考えられるのが「複線化構想」があったという仮説。

つまり青葉隧道と吉坂隧道を片側2車線の分線化して交通の利便化を図ろうとしたという考えです。

現国道27号旗護山トンネルを想像するとわかりやすいかと。

そして改修工事の後、地質の脆弱さから長期使用が困難とされ、廃棄された。

これが個人的に最も有力と考える仮説です。


だって改修と竣工が1年差ってことは、下手したら同時期に工事してた可能性すらあるわけですから。

この辺りは他のサイトでも喧々諤々議論されてますので、よろしければご参考にしてください。

こちらは隧道名ではありませんでした。

松〇洞

なんだろうなぁ。

「節」か「籍」かどっちかっぽいなぁ。


なんて思いながらいろいろ検索してたら有力情報が・・・。

松籟洞(しょうらいどう)

松の梢に吹き抜ける風のことを「松籟」というんだそうです。

海岸に近く松林も点在するこの辺り、これが最も有力かと思われます。

正解ご存知の方いらっしゃったらご一報を・・・。

こんなけ茂ってると、外からの情報なんてこれ以上得られません。

そろそろ闇の世界の住人となりましょうか・・・。

大分土砂が流入してますが、僕が過去入った廃隧道の中でもトップクラスに広い。

これ以上となると深見隧道安養寺隧道くらいか・・・?

でも・・・、それより気にあるのが奥の影・・・。

閉塞確認

あまり近づきたくないレベルでコンクリートが砕け落ちていました。

これが地質の脆弱性で廃棄されたという仮説の根拠。

資料によれば201mあるはずの吉坂隧道、現在では10m程しか侵入不可です。

いつもの一枚ですが・・・。

これは素晴らしい!

洞内見返り写真シリーズの中でもトップクラスだ!!

個人的には小刀根隧道には匹敵する美しさ。

癒されるなぁ・・・。

ただし・・・、

長居はしたくないんだよな・・・。

そりゃあこんな洞内で地震が起こったり、急に崩落が起きたりなんて可能性は限りなく低いのは分かってますよ。

でもこのヒビ見たらやっぱり嫌でしょ!

コンクリート鍾乳石垂れまくりだし!!

そそくさと退散します・・・。

再び緑の世界へ・・・

そして写真には撮っていませんが、福井県側のポータルは発見できませんでした。

というよりも埋戻しの可能性が高いと判断しています。

位置的、距離的に、坑口は現隧道の真横あたりに空いているはずなんですが、その痕跡が一切ないのです。

草原に埋もれいく廃隧道・・・。

これはこれで美しく、そして何とも切ない光景です・・・。

あの鞍部が古道、吉坂峠。

古き峠は今もなお美しいもんです。

最後に地図を・・・。

赤線が隧道ですが、やはり埋め立てられたとみるべきでしょうね。

この位置しかありえないもんなぁ・・・。


青葉隧道隣には真闇の廃隧道が今も眠り続けている。

そう考えると・・・、それはそれで面白いものがありますね。


以上、吉坂隧道編

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